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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)3936号 判決

原告

古市滝之助

右訴訟代理人

塩谷國昭

中尾正信

被告

株式会社第一勧業銀行

右代表者

羽倉信也

右訴訟代理人

鈴木竹雄

伊達利知

伊達昭

奥野利一

稲葉隆

野村昌彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、被告発行一、〇〇〇株券(一D〇五八五五九号)一枚を一株券一、〇〇〇枚に分割する手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、発行済株式総数一九億二、〇〇〇万株(券面額五〇円、昭和五五年四月一八日現在)の株式会社であるところ、原告は、被告が発行した株式一、〇〇〇株を表章する訴外佐々木三治名義の一、〇〇〇株券一枚(一D〇五八五五九号、以下「本件株券」という。)の交付を受けて右株式を譲り受け、昭和五四年八月二〇日名義書換手続を完了し被告の株主となつた。

2  原告は、昭和五五年二月二〇日、被告に対し、本件株券を一株を表章する一株券一、〇〇〇枚に分割するよう請求したが、被告は、これに応じない。

よつて、原告は、株主としての権利に基づき、被告に対し、本件株券を一株券一、〇〇〇枚に分割する手続をするよう求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

(一)  株主権の行使についても、一般の権利と同様それが社会的目的に反し濫用にわたる場合にはその行使が許されないと解されるところ、本件分割請求は、分割を必要とする合理的な理由ないし正当な利益がなく、また株主たる資格とは全く無縁な個人的目的、動機のためになされているにすぎず、被告ひいてはその構成員たる一般株主の利益をいたずらに害する結果をもたらすにすぎないものであるから、到底正当な株主権の行使とはいえず、権利の濫用として許さるべきものではない。

すなわち、株主は株式譲渡の必要上株券の分割を請求する権利を有するとしても、それは本来株主としての経済的利益追求のために認められた権利であるから、株主が株主としての立場を離れてこれと全く別異の個人的利益、目的のためにその権利を行使する場合とか、権利を行使する正当な必要がないにもかかわらずこれを行使する場合に、これにより会社ないし一般株主の利益を害するときは、株券分割の請求は権利の濫用となり、法律上許さるべきではないと解せられる。ところで本件では原告が投下資金を回収するために、分割を求めるのであれば、何もわざわざ無用な手数と費用をかけて一、〇〇〇株券を一株券に細分する必要はなく、このまま証券取引所を通じて処分すれば、極めて簡易迅速にその目的を達しうるのであるから、全く無意味なことを要求していると解されるし、また、原告は贈与する必要のためと主張するが、受贈者の氏名及び贈与の内容に関する原告の主張が二転三転し、果して原告に真実そのような意思があるのか疑わしいのみならず、仮りにそうだとしても、被告発行の株式のもつ市場価額は一株四〇〇円位であり、利益配当金は年額五円にすぎないのであつて、一株券としてしまえば一株当りの贈与価額は今日の物価水準上からいつてほとんど経済的価値のある贈与とはいえなくなつてしまうのであり、このような社会生活上ほとんど無意味な贈与を行うために新券交付手数料(本件では金一五万円となる。)を支払つてまで用意するというのはまことに異常で、これは原告が株主たる資格、立場を離れて全く個人的な特異な目的、動機に基づいて分割請求をなしているからといわざるをえないのであり、さらに、被告の側からすれば一、〇〇〇株券が一株券に分割譲渡されることに伴う株主数の増加は、当然事務上の手数と費用負担の増大をもたらし(株式事務の費用は株主一人当り年額三、〇〇〇円程度である。)、それだけ会社ないし会社を構成する一般株主の利益を害することとなるのであり、また被告の業務遂行に重大な障害をもたらしかねないものである。以上の諸点が明らかである以上、原告の請求は無意味、無用を強いるものであつて株主としての目的を逸脱した権利行使であり権利の濫用と言わざるを得ない。

(二)  さらに、前述したように原告の主張内容が不合理、不自然であつて、社会一般の常識では理解できないようなものであるのに加えて、原告及び原告が取締役(専務)の地位にある東駒株式会社(以下「東駒」という。)は、以下に述べるように、これまで多くの無理難題を被告に持ちかけて来ており、また、本件株券分割請求の経緯に照らしても、右請求は、被告に対する厭がらせを目的とするものであつて、ことさらに被告の利益を害する意図のもとにされたものであることが明らかである。すなわち、

1 南風原清からの株券分割請求事件

(1) 東駒は、昭和五〇年二月被告福島支店に対し緊急融資の申込みをしたが、間もなく右申込みは撤回された。ところが、その後東駒の社員と称する志摩市郎から被告福島支店が東駒に対し不当に融資を拒絶したとの抗議があり、同人は消費者運動や市民運動に関係する者と述べ、暗にこれらの運動を通じて抗争するとの態度を示した。なお、同人は、「銀行の政治献金に抗議する会」に加盟する「銀行を告発する市民運動」の代表者であることが判明した。

その後同五〇年二月一八日あらためて東駒から被告福島支店に五、〇〇〇万円の緊急融資の申込みがあり、折衝のすえ福島支店はこれに応じたが、東駒は、右融資につき返済期日に三〇〇万円を返済したのみで残金の返済を延滞した。同年一一月に至り、東駒は右融資の処理のため一般融資として五、〇〇〇万円の貸付を行うよう被告福島支店に要求したが、同支店は、これを拒絶した。

これと時期を同じくして、「銀行を告発する市民運動」なる組織(代表者志摩市郎)が、福島支店において一円振込運動を始め、併せて志摩から東駒に対する融資に応ずるようにとの要求がされた。

(2) 昭和五〇年一一月二一日南風原清から銀行の政治献金再開に抗議することを会できめたところ有志から被告の一、〇〇〇株券一枚が提供されたとして、これを一株券に分割するよう請求があつた。当時南風原は、「銀行の政治献金に抗議する会」など政治献金反対運動を行つていた「行動する被害者の会」の事務局長の地位にある一方自由生活協同組合の専務理事であり、同組合は東駒製造の清酒を販売するという関係にあつた。

その後、東駒から被告福島支店に対し、同支店が東駒を差別的に取り扱つているので大衆運動を通じて糾弾するなどの抗議がある一方、南風原からは前記株券分割請求が繰り返された。また、東駒に対する前記緊急融資金は返済されたが、昭和五一年三月南風原から被告に対し、一、〇〇〇株券一枚を一株券一、〇〇〇枚に分割することを請求する訴え(東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第二三七四号事件)が提起された。

なお、右事件係属中発行された昭和五一年六月四日付ニッポン消費者新聞第五八号に、被告に対して政治献金の廃止を求めて行動する被害者の会(南風原清事務局長)が起している一株運動を原告がバックアップしている旨の原告の写真入り記事が掲載されている。

その後、同事件は、南風原清の死亡により、相続人に訴訟係属の意思がないとして、昭和五二年九月取り下げられた。

2 原告振出小切手の印鑑相違事件

(1) 被告亀戸支店は、昭和五二年中原告振出に係る小切手四枚(額面合計一、一九九万六、〇〇〇円)の交換呈示があつたため、同支店の原告当座預金口座から支払い決済したところ、原告は、昭和五二年六月二八日付書留内容証明郵便により、右支払いは印鑑相違にかかわらず不法に行われたものであるとして、前記金額を原告当座預金口座に入金すべき旨の請求を受けた。

(2) そのため、同年七月二日被告亀戸支店職員が原告から事情を聴いたところ、右小切手は無形資産の買収代金の支払いにあてたものであるが、事情があつて二、三日時間稼ぎの必要があつたので、銀行が不渡りにしてくれることを期待して故意に届出印鑑と相違するものを使用したとのことであつた。

その際、原告は、南風原の提起した前記株券分割請求訴訟において、被告が原告のことを蔭で操る人物と指摘している以上、原告においても右小切手の件を単なる事務ミスとして看過することはできないと述べる一方で、被告の希望があれば、原告も前記株券分割請求訴訟で名誉ある撤退をし、また、前記小切手をめぐる紛争も不問に付してよいが、ついては、東駒が買収した「環衛ビル」の未払代金が二億数千万円残つていることに苦慮しているので、被告が右建物を買い取るか、未払代金について融資をするかのいずれかにされたいと述べた。

さらに、同日東駒企画室の井上久寿男は、被告が前記小切手を決済してしまつた結果原告の資金繰りが狂つたので、一、二〇〇万円を融資してほしい旨被告亀戸支店に申し入れたが、同支店は、これを拒絶した。

(3) その後昭和五五年二月、本件株券分割請求とほぼ時を同じくして、原告代理人塩谷國昭、同中尾正信の両弁護士から、原告預金口座に一、一九九万六、〇〇〇円の残額がある筈であるとしてその支払いを請求する旨の書留内容証明郵便が被告亀戸支店に送付されてきた。

3 銀行取引停止処分事件

(1) 昭和五三年六月一三日、東駒ベーシック清酒株式会社振出、原告引受の額面一〇〇万円の為替手形が手形交換所を通して被告亀戸支店に呈示されたが、原告から、右手形は満期が訂正されているにもかかわらず引受人の訂正印がないので形式不備で返却するようにとの申出があつた。しかし、被告亀戸支店では、右事由は形式不備に当たらない旨説明してこれを拒否したところ、右為替手形は偽造であるからこれを理由として返却するよう要求があつたので、同支店はその旨の手続をとつた。ところが、同日のうちに、原告から、返却理由を資金不足に変更するよう要求があり、事実原告の当座預金口座には前記手形を決済するだけの資金が不足していたので、被告亀戸支店もそのように処理した。原告は、すでに同五三年五月三一日第一回目の不渡手形を出していたので、右処理の結果、原告は、同年六月一六日手形交換所から取引停止処分を受けた。

(2) 昭和五四年四月六日、原告から被告及び社団法人東京銀行協会を被告として、前記取引停止処分が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二二年法律第五四号)所定の不公正な取引方法に該当して無効であること、また、前記手形の支払期日は訂正されているが、引受人の訂正印がないので、訂正前の期日が支払期日とみなされるべきところ、その後に支払呈示がされたのであるから、期限後の呈示となり不渡事由は存在しないとの理由により、東京地方裁判所に対し、原告が取引停止処分を受けていないことの地位の確認及び一、二〇〇万円の損害賠償の請求訴訟を提起し、右訴訟は、同裁判所昭和五四年(ワ)第三二一四号事件として現に係属中である。

4 本件株券分割請求の経緯

(1) 原告が名義書替えを完了した昭和五四年八月二〇日から約一か月経過した同年九月二六日、原告代理人井上久寿男から、一、〇〇〇株券一枚を一株券一、〇〇〇枚に分割するよう請求があり、被告側が分割請求の理由をただしたところ、井上は、理由を明らかにせず、ただ請求を受け付けるべきことを主張するのみであつたが、その際被告亀戸支店における手形不渡の件に言及し、被告の行為は前記法律に抵触する旨述べた。

(2) 同年一二月一九日、原告から電話ですでに一、〇〇〇人に一株づつ一、〇〇〇株全部を売却したので、一、〇〇〇株券を一株券一、〇〇〇枚に分割するよう要求があり、同時に、以前南風原から提起された株券分割請求事件で原告の名前が出て迷惑した旨述べた上、三菱重工でも一株株主を認めているではないか、被告が分割を拒否すれば何が起るか分らない旨の発言があつた。

(3) 昭和五五年二月二〇日原告代理人である塩谷國昭、中尾正信の両弁護士が被告を訪れ、一、〇〇〇株券を一株券一、〇〇〇枚に分割するよう請求したが、その際当面は、原告の妻子三人に一〇株づつ、知人三〇人に一株づつ、両弁護士に一株づつ譲渡し、残りの九三八株は原告が保持する旨の説明があつたが、被告が回答を留保しているうちに同年四月一八日本件訴訟が提起されるに至つた。

(4) 本件訴訟においては、原告は、過半数の五〇一株を妻のり子に、四九三株を長男博一に、三株づつを原告訴訟代理人両名に贈与する旨主張しているが、原告本人尋問においては、要は被告に一株券をできるだけ多く発行させること自体が目的であり、それは素人ながら自分の学問的興味から出たものであると陳述するに至つている。

(5) 以上のとおり、原告が本件株券分割を求める理由は、それ自体いかにも不自然である上、数度にわたつて変転して一貫性を欠いており、その真実であることを疑わしめるものである。

5 以上詳述したとおり、原告は、被告福島支店において五、〇〇〇万円の融資を受けた当時から、被告に対し無理な要求を繰り返し、それが容れられないとみるや、消費者運動、市民運動の名のもとに、さまざまな厭がらせをして来たのである。

被告亀戸支店での取引においても、正常な当座取引では考えられないような多くの残高不足、印鑑相違、手形、小切手の形式不備などを繰り返し、被告に種々の無理難題を要求してきた。前述の印鑑相違事件についても、原告がことさらに届出印と相違する印を使用して振り出したものであるが、振出権限のある者が振り出した正当な小切手であるからいずれ所持人に支払わなければならないものであるし、当該小切手が交換呈示された際、原告の当座預金口座には決済資金が不足していたので、被告亀戸支店は、原告に対し当該小切手の明細を伝えて至急入金するよう連絡したところ、原告は、これに応じてその支払資金を入金して来たので、同支店は、これを決済したのである。このように、原告は、もともと小切手金支払いの義務を負つていたのであり、かつ、その支払いを承諾していたのであるから、右決済によつてなんらの損失も被つていない筈であるにもかかわらず、事あるごとにこの事件を持ち出して被告を困惑させている。

また、原告が銀行取引停止処分を受けた件についても、被告は、前述したとおり、原告の要望に沿つて小切手不渡の事務手続を進めて来たのであるにもかかわらず、原告は、一たん取引停止処分を受けるや、たちまち態度を変え、被告の処理の仕方に異議を述べ、果ては取引停止処分が法律違反であるなどという理由で訴訟を提起して来たのである。のみならず、原告が取引停止処分を受けることが分ると、始めから決済する意思のない約七〇億円もの常識では到底考えられない高額の小切手を振り出して被告への厭がらせをした。

以上で明らかなとおり、原告の本件株券分割請求は、株主としての正当な利益を追求するためだけではなく、単に被告に対するいわれなき怨念を晴らそうとするものであつて、権利の濫用以外の何ものでもない。

四  抗弁に対する認否及び反論

(一)  抗弁(一)の事実のうち、被告が株券を分割する場合の手数料を株券一枚につき一五〇円と定めていること、被告の株式の取引価額がおおむね一株四〇〇円に安定していたこと、被告の株主への配当金が一株につき年額五円であつたことは、いずれも認めるが、被告の株式事務費用が株主一人当たり年額三、〇〇〇円程度であることは不知。その余の主張は争う。

(二)  抗弁(二)の事実のうち、冒頭の主張は否認する。なお、原告は、東駒ベーシック清酒株式会社が商号変更をした東菱酒造株式会社の筆頭株主であり、かつてその取締役だつたこともある。

1 南風原清からの株券分割請求事件について

(1)抗弁(二)1(1)の事実のうち、原告の関係する前記会社が昭和五〇年二月被告福島支店に対して融資の申込みをし、その後右申込みが撤回されたこと、同会社がその後再度融資の申込みをして被告福島支店から五、〇〇〇万円の融資を受けたこと及び同会社がさらに五、〇〇〇万円の融資を依頼したが同支店がこれに応じなかつたことは、いずれも認めるが、「銀行を告発する市民運動」及び志摩市郎に関する事実については不知。同人が前記会社の役員ないし従業員であつたことはない。

(2) 同(2)の事実のうち、昭和五〇年一一月二一日南風原清から被告主張のような株券分割請求があつたこと及び南風原の当時の地位、自由生活協同組合と東駒との関係は認める。

その後東駒から被告福島支店への抗議がある一方、南風原から株券分割請求が繰り返されたことは不知。南風原から被告主張の訴えが提起されたこと、ニッポン消費者新聞に被告主張の記事が掲載されたこと及び南風原の提起した前記訴えが被告主張の日時に取り下げられたことは、いずれも認める。

2 原告振出小切手の印鑑相違事件について

(1) 抗弁(二)2(1)の事実のうち、被告亀戸支店が被告主張のように原告振出の小切手四枚(額面合計一、一九九万六、〇〇〇円)の交換呈示を受けて決済したこと、原告が被告に対し書留内容証明郵便により、被告主張のような請求をしたことは認める。

(2) 同(2)の事実のうち、被告亀戸支店職員が原告から事情を聴いたこと、東駒企画室の井上久寿男が被告主張のように一、二〇〇万円の融資を被告亀戸支店に申し入れたが拒絶されたことは、いずれも認めるが、その余は否認する。被告主張の小切手の振出は、無形資産の買取りのためにされたものであつたが、相手方から小切手を詐取される恐れがあつたので、届出印と異なる印鑑を使用して振り出したものである。

(3) 同(3)の事実は認める。

3 銀行取引停止処分事件について

抗弁(二)3(1)及び(2)の事実は認める。

4 本件株券分割請求の経緯について

(1) 抗弁(二)4(1)の事実のうち、井上久寿男が株券分割の請求をしたことは認める。

(2) 同(2)の事実のうち、原告が被告側に電話したことは認めるが、何が起るか分らないと述べた点については否認する。

(3) 同(3)の事実のうち、原告代理人である両弁護士が被告に株券分割の請求をしたことは認める。分割の理由については、あらゆる場合を想定して回答を求めたまでである。

5 抗弁(二)5の主張は争う。

(三)  原告の反論

1 株主権についての権利の濫用は、およそ株主権の取得の段階では問題とならず、株主権行使の段階で問題とすれば足りる。すなわち、株主権の取得は、個人の経済的自由の領域に属するから、後述の極めて例外的な場合を除いて、それ自体に権利濫用の概念を容れる余地はなく、少数株主権等の共益権の具体的行使について権利の濫用に該当するか否かを検討し、該当すると認められる場合にその行使を否定ないし制限すれば足りる。

一般的な財貨の取得の場合、それは個人の自由であつて、当事者の内心的意図は、たとえそれが違法なものであつても、取得の効力に影響を及ぼさない。これは、財貨取引の安全、円滑を保障する見地からして当然の理である。しかし、①取得の目的自体が公序良俗に反する不法のものであり、かつ、②その不法な目的が取得の際表示されて、その結果右目的が取得の前提としての取引の内容をなしていると認められる場合には、例外的に財貨の取得が権利の濫用として無効とされる。取得の対象が株式である場合には、それが非個性的であり、流通性が極めて強いところから、当事者の内心的意図、動機によつてその取得の効力を左右することは、株式取引の安全性を著しく阻害する結果となる。そうして、株式譲渡の自由は、強行法規(商法二〇四条)によつて確立されており、基本的、絶対的要求である。したがつて、株式の取得を権利の濫用として無効とするための要件は、より一層厳格に解すべきであり、株式取得の目的自体がより著しく反社会性、反倫理性を帯びている場合に限定されるべきである。

2 本件株券分割請求は、株式を譲渡する前提とするものであるところ、株式は一株が単位であり、また株式は前述のとおり自由譲渡性を有するから、株主は当然に一株券への分割を請求し得るのである。

原告は、本件株式一、〇〇〇株のうち、過半数である五〇一株を原告の妻の古市のり子に、四九三株を長男の古市博一に、残り六株を原告代理人にそれぞれ贈与したいと考えて本件分割請求をしたものであり、それは原告の自由な経済活動の領域内のものであり、合法的なものであるし、仮りに右贈与の対象となる個々の株式の経済的価値が低く費用の方が過重になり経済的合理性に反するとしても、その負担は原告が負うのであるから、このことをもつて本件分割請求を否定する理由とはならないのである。

次に被告は、分割の際の被告側の事務上の手数と費用負担の増大を主張しているが、この手数と費用の増加は被告が一株の額面を五〇円にしていることに起因しているのであつて、被告の自らの選択の結果というべきであり、またこれら費用については、これを分割請求者に負担させることもできるのであるから、被告の費用増大の主張も本件分割請求を否定する理由とはならないものである。

さらに、被告は、原告の悪感情を基底とした「害意」を強調するが、根拠のない被告の被害妄想にもとづくものにすぎない。被告主張の訴訟の提起や原告の被告に対する要求はいずれも正当な権利の行使である。

いずれにしても、原告の本件分割請求に何らの反社会的、反倫理的なものは存しないのであるから、被告の抗弁は理由がない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実は当事者間に争いがない。

ところで株式会社においては原則として株式譲渡の自由が認められているところ、その株式の譲渡には、株券の交付を要するから(商法二〇五条第一項)、株主がその保有株式を処分しようとする場合には、株券の分割を必要とすることがあるのを免れない。したがつて、株主は、会社に対して一般に株券の分割を請求する権利を有するというべきである。

二そこで、抗弁について検討する。

(一)  被告は、本件株券分割請求が権利の濫用であると主張し、これに対し原告は、株主権の濫用は、極めて例外的な場合を除き株主権の取得の段階では問題とならず、株主権行使の段階で問題とすれば足りる旨主張するので判断するのに、株主にその権利として株券分割請求権があることは前記のとおりであるが、この権利についても他の一般の権利と同様、その濫用が許されないことはいうまでもないところである。

すなわち、株主の権利は、自益権はもとより共益権も株主自身の利益のために認められたものであるから、株主自身の利益のために行使することを妨げないが、しかし、株主の権利は株式会社という社団の構成員たる資格において認められた団体法上の権利であるので、株主が株主として有する利益のために行使されるべきであつて、権利を行使すべき正当な必要や利益がないにかかわらず行使され、かつ、その権利行使が会社の利益を侵害し、ひいては株主共同の利益を侵害するならば、その権利行使は正当な株主権の行使とはいえず、権利の濫用といわねばならない。したがつて、本件株券分割請求についても、それが右に述べたような場合に当たるとすれば、権利の濫用として排斥されるべきことは当然である。

そこで、本件についてみるに、当時証券取引所における被告株式の取引単位が一、〇〇〇株であることは公知の事実であるから、原告がその有する一、〇〇〇株の投下資金を回収することを図るのであれば、当該一、〇〇〇株をそのまま証券取引所を通じて処分するのが最も容易かつ有利であつて、わざわざ本件一、〇〇〇株券を一株券一、〇〇〇枚に分割する必要のないことは明らかなところである。

ところで原告は、右分割請求の動機について、本件株式一、〇〇〇株のうち五〇一株を妻のり子に、四九三株を長男博一に、六株を原告代理人に贈与するためである旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はないし、後記のとおり原告が贈与するとする相手方及びその内容は、二転三転しているのみならず、原告本人尋問の結果によれば、原告が右分割請求をするのには、はつきりとした目的があるわけではなく、定款で一株券を発行するとされてあれば、それの価値の有無にかかわらず発行できるのではないかという学問的興味からでもあるというのであるが、これまた、納得するに足りる理由とはいえない。けつきよく、原告の本件株券分割請求については、一般的に合理性のある理由ないし動機があるとは認められないのである(却つて被告をいたずらに困惑させようとする点にあると推認されるのは、後記認定のとおりである。)。

また、被告が株券を分割する場合の手数料を株券一枚につき一五〇円と定めていること、被告の株式の取引価額がおおむね一株四〇〇円に安定していたこと、被告の株主への配当金が一株につき年額五円であつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右争いない事実によれば、原告において金一五万円もの手数料を支払つてまで本件株券を一株券一、〇〇〇枚に分割して他に譲渡することについては、経済的合理性に欠けることが明らかである。もちろん、原告の立場からして経済的合理性が欠けるからといつて、直ちに権利の濫用に結びつくわけではないが、後述の会社側の手数と費用の負担の増大とともに、権利の濫用となるか否かについての客観的判断要素となることは明らかである。

一方、会社側についていえば、本件株券を一株券一、〇〇〇枚に分割することは、所定の手数料を徴収するにせよ相応の手数と費用の負担をかけるものであることは明らかである(証人上田辰夫の証言によれば、新株券の発行については、一枚につき株券用紙代、印刷代及び印紙税等合計約四〇〇円ないし五〇〇円の費用を要することが認められる。)。また、前記原告の主張のとおりに分割贈与したいというのであれば、本件株券を一株券一、〇〇〇枚にまで細分する手間を被告にかける必要もないのである。もちろん、会社側としても、額面株式の一株の金額を五〇円に維持しているのであるし、また、株主に原則として株式譲渡の自由があること前述のとおりである以上、分割による手数と費用を理由として直ちに権利の濫用とすることが許されるわけではないが、右事情もまた、前述した分割についての経済的合理性に欠けることと同様の意味で権利の濫用の判断要素の一つとなるというべきである。

(二)1  抗弁(二)1南風原清からの株券分割請求事件について(1)の事実のうち、原告の関係する東駒が昭和五〇年二月被告福島支店に対して融資の申込みをし、その後右申込みが撤回されたこと、同会社がその後再度融資の申込みをして被告福島支店から五、〇〇〇万円の融資を受けたこと及び同会社がさらに五、〇〇〇万円の融資を依頼したが同支店がこれに応じなかつたことは、いずれも当事者間に争いがなく、同(2)の事実のうち、昭和五〇年一一月二一日南風原清から被告主張のような株券分割請求があつたこと、南風原清の地位及び自由生活協同組合と東駒との関係が被告主張のとおりであつたこと、南風原から被告主張のように一、〇〇〇株券一枚を一株券一、〇〇〇枚に分割することを請求する訴えが提起されたこと、ニッポン消費者新聞に被告主張の記事が掲載されたこと及び南風原の提起した前記訴えが昭和五二年九月取り下げられたこともまた、当事者間に争いがなく、右争いない各事実に、〈証拠〉によれば、抗弁(二)1のその余の事実を認めることができ、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

2  抗弁(二)2原告振出小切手の印鑑相違事件(1)の事実のうち、被告亀戸支店が被告主張のように原告振出の小切手四枚(額面合計一、一九九万六、〇〇〇円)の交換呈示を受けて決済したこと、原告が被告に対し、書留内容証明郵便により、右決済を違法として前記金額を原告当座預金口座に入金すべき旨の請求をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、同(2)の事実のうち、被告亀戸支店職員が原告から事情を聴いたこと、東駒企画室の井上久寿男が被告主張のように一、二〇〇万円の融資を被告亀戸支店に申し入れたが拒絶されたこと及び同(3)の昭和五五年二月原告代理人である塩谷、中尾の両弁護士から、前記金額一、一九九万六、〇〇〇円の支払いを請求する書留内容証明郵便が被告亀戸支店に送付されてきたこともまた、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、抗弁(二)2のその余の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、この認定を左右するような証拠は存在しない。

3  抗弁(二)3銀行取引停止処分事件(1)及び(2)の事実は、当事者間に争いがない。

4  抗弁(二)4本件株券分割請求の経緯について(1)の事実のうち、井上久寿男が株券分割の請求をしたこと、同(2)の事実のうち、昭和五四年一二月一九日原告が被告側に電話したこと、同(3)の事実のうち、原告代理人である塩谷、中尾の両弁護士が被告に株券分割の請求をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、抗弁(二)4(1)ないし(3)のその余の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。同(4)については、(一)において判示したとおりである。

5  以上認定のとおりであつて、原告は、被告福島支店において五、〇〇〇万円の融資を受けた当時から被告との間の関係での円滑さを欠き、南風原清の被告に対する本件と同様な株券分割請求についても、これを支援する態度をとつていたのであつて、前判示の原告振出小切手の印鑑相違事件及び銀行取引停止処分事件に関する事実も、原告が被告に対して極度の悪感情を抱き続けて来たことを推認させるものである。証人桂田収の証言によれば、原告は、銀行取引停止処分を受けた後未使用の小切手用紙を利用して総額で約七〇億円にものぼる小切手を振り出し、被告としては、支払銀行としての交換事務処理に窮したこともあつた事実が認められ、右認定も原告の被告に対する悪感情を推測させるものというべきである。

(三)  以上認定にかかる諸事実、すなわち、原告の本件株券分割請求については、一般人を納得させるに足りる合理的な理由ないし動機がなく、また、分割についての経済的合理性に欠ける反面、被告に相応の手数と費用の負担を強いるものともいえること、原告と被告との間の従来までの関係や本件分割請求に至るまでの経緯等から原告が被告に対し極度の悪感情を抱いていると推認されることからすれば、けつきよく、本件分割請求は、株主が株主として有する正当な利益のために行使されたものとは認め難く、むしろその利益や必要がないにもかかわらずいたずらに被告を困惑させることのみを目的として行使されたものであり、会社の利益を侵害するおそれがあることが明らかであるから、本件分割請求は、正当な株主権の行使とはいえなく、権利の濫用というべきである。

したがつて、抗弁は理由がある。

三よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(藤田耕三 生田治郎 竹中邦夫)

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